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洞爺湖サミットへ向けての大学側の対応問題

 

J-Review いまを、斬る

J-mail News Letter 26, 2007 winter (2008年3月26日発行)、1頁、所収.

北海道大学大学院法学研究科・附属高等法政教育センター(JCENTER)発行

 

橋本努

 

 

 2008年7月、北海道の洞爺湖町で開かれるG8サミットにあわせて、国内外の市民活動家たちが学習会やデモなどの運動を始めている。北大はこうした市民活動への場所提供をめぐって、どのように対応すべきであろうか。

G8に対する市民団体のスタンスは、阻止/対抗/協調/提案、等々、さまざまであろう。けれども諸団体を纏め上げて運動全体を牽引するのはメディア活動家たちで、彼らはオルタナティブ活動の映像やラジオ中継をウェブ上に配信することを通じて、より多くの人々に訴える力をもつと思われる。

 グローバル化に対する批判的な関心が高まることは、それ自体として歓迎すべきだ。しかしメディアは政治的に中立ではあり得ない。例えば、オルタナティブ・メディアは、座り込みによる道路封鎖といった運動の情報を事前に流すことで、運動の組織化に手を貸すかもしれない。この場合、もし運動が暴走すれば誰が責任をとるべきなのか。「G8メディアネットワーク」というオルタナティブ組織のある担い手は、道立市民活動促進センターにて今年1月19日に開かれた講演のなかで、「オレ、ひょっとしたら悪いことしているのかなぁ」というアンビバレントな罪悪感情を漏らしていた。悪に手を貸さないためには、事前に一定のルールを呼びかけることも必要であろう。

 同様のルールは、北海道大学が今後、市民活動家たちに学習会や講演会のためのスペースを提供する場合にも問題となるだろう。市民活動家たちのほとんどは非暴力主義だが、札幌市はすでに、サミット期間中とその前後、主要な公共空間での不特定多数の集団行動を禁止するという、厳しい条例を出している。これでは例えば、5人でプラカードを掲げてそこに共感する人々が集まるだけで、逮捕されてしまうかもしれない。市民社会の理念に照らせば、こうした非暴力の政治表現までも取り締まるのは「国家の暴力」であって、大学側はそのような暴力に対抗すべき、あるいは少なくとも問題化して議論すべき、ということになるのではないか。

北大は市民活動のための場所提供をめぐって、どのような態度をとるのか。非合法でも国家の暴力に対抗するという「市民の理念」を守るのか、守らないのか。大学全体として一定のコンセンサス作りが必要と思われる。しかしそれが不可能な場合は、国家に抗するユニバーサルな学問の理念に照らして、各教員の判断を最大限に尊重すべきではないか。状況判断として、現在、早稲田大学は国家寄り、一橋大学は市民寄り、といった相違が生まれている。この問題について、北大総長を含めた北大の教員諸氏、とりわけ、市民的教養の理念を大切にしている方々のご意見を伺ってみたいと思う。